ねじまき日記

京都在住の30代ゲイのブログ。日常のあれこれを書こうかなと。

2024年10月に読んでよかったはてなブログ振り返り

スヌーピーからブログ論まで

毎月恒例(?)の読んで「ああ、よかったな~」と感じた
はてなブロガーのブログ記事を紹介していく企画。

・・・ということで今月分をざっと載せていきます。

 

piatdeisui.hatenablog.com

ほとんど悪戯みたいなノリで、私はこっそりお好み焼きの上にスヌーピーの絵をソースで描くことにした。それが割と評判が良くて、皆んなが笑ってくれたことが嬉しかった。そのときに撮った写真は今でも大切に残している。何気ない1日の、何気ない出来事だった。

あの日のスヌーピーを、君はまだ覚えているだろうか。お好み焼きの味は思い出せないけれど、あの日お好み焼きの上に描いたスヌーピーの絵を、私は今でも覚えている。皆んなで楽しく過ごした時間を覚えている。

何気ない出来事だけどずっと記憶に残り続けている、みたいなのほんと素敵。

 

 

hisablog.hatenadiary.com

むしろ、お金はなくて買えないからこそ、時計を趣味として楽しめる。手に入らないから楽しい、という妄想で楽しむ趣味なのです。

 

でね、そんな妄想を経て買った時計だからこそ、愛くるしいし、何より元気をもらえる。気が乗らない時でも、「よし、頑張ろう」と時計を見ると思えたりする、という時計好きの都合の良い理屈があります。

 

こんな感じで、妄想しながら楽しむのが時計の趣味となります。ある意味、スポーツのファンタジー(ドラフト)ゲームに近いかも。自分がGMや監督なら、どの選手をどのラインアップやポジションで使うか考える・・・みたいな。

 

1㍉も理解できなかった高級腕時計の世界、わかりやすく言語化されてて面白い。
なるほどなぁ。

 

腕時計じゃないけど、
ゼンマイ式の時計はいつか所有してみたい
(ねじまきでギィ、ギィ、ってやつをリアルでやってみたいだけのそれ)

 

 

enomo75.hatenablog.com

というわけでみなさん、積んでいる本を読みましょう。積んでいる本は過去のあなたが現在のあなたにおすすめしてくれた最高の(可能性が高い)良書だ。読んで読んで読みまくろう。そうすると、やはり読書は楽しいと改めて実感するはずだ。

休みの日に、積読を掘り当てるとほんと面白そうなものばかりだし、
自分のセンスを信じて積読たのしんでいきたい。

 

l11a.hatenablog.com

きっかけは、アメリカのタイ料理店のメニューにあった「ほうれん草のピーナツソースがけ」。半生のほうれん草に茶色の甘くてしょっぱくて少し辛いソースがどろっ…とかかっているだけの食べ物なのだけど、これがなんとも美味しかった。

ピーナッツバターは無難にヤマザキのランチパック、という人が多いだろうけれど、
こういうのもいいな。

 

 

umprns.hatenablog.com

いい日記が書きたいという欲望がある。それをずっと、エピソードの多い素敵な1日を過ごしたいという意味で捉えていたが、どうやら違うようだ。記憶の輪郭を自分の思う通りに描けた日記が私にとっていい日記なのだ。たとえ1日ずっと寝ていたとしても、そのとき何を考えていたか、適切な言葉で書き留められたのだとしたら、その1日は私にとっていい1日であったといえるだろう。

自分も人とご飯食べたときの純日記をしっかり書けると、
「良い一日だったな!」と思えるのでこれはとてもわかる。

 

drfridge.hatenablog.jp

私が最高齢で96歳、次が女房と、同じ90歳の男性ということであった。老人ばかりの集いなので当然戦時中の話などが出て来るのだろうと思っていたが、老人と言っても、もはや戦争を知っている者は私以外誰もいない。戦後の闇市や買い出しの話ぐらいである。思えばもう来年で戦後八十年であるから当然のことであろう。

そうか、"老人"でも戦争を知らない人ばかりの時代なんだなぁとしみじみ。

 

hurikake.hatenadiary.jp

1つは、自分の生きている痕跡をネット上に残したいから。死んでしまうと肉体は残らないけど、書き残したものや作り上げたものは残る。ことブログに関しては、インターネットがなくなる or 運営元のはてな社が匙を投げる ことがない限りはデータは残り続ける。それが生きた証の1つになるのではなかろうか、と。

 

2つ目は、10年後か20年後かわからないけど遠い未来に過去の記事を見返して、「懐かしいな」とか「黒歴史だな」とか、そういった感情を引き起こさせたいため。自分だけの自分による自分のためのブログ。

 

いつしか筆者の人となりがわかってきて、身近な存在になってきちゃったりして、何かおめでたいことが記事に書かれていたら、一緒に喜んでしまう。…といったようなブログ。 これぞ (日記をメインとした) ブログの真骨頂、ユーザー体験だと思う。

15年おめでとうございます。
自分のブログへの想いとかなり似ている気がするな~。

 

non117.com

だから、ただ淡々と書けばいい。見知らぬ誰かがそのうち見つけてくれることを思い、誰にも見られないかのように素直に書く。語り口が大事だから、気取っていてはダメなのだ。素直に書かれたものがいちばんおもしろい。文章は上手であるとよいが、それすらも必須ではない。つまり、人間がコンテンツということだ。人間が情報を吐き出して貯めるのがインターネットだから。

 

ではなぜSNSではダメなのか。人間コンテンツとして語るのにブログくらい、千文字くらいは必要なのだ。千文字の文章を練りあげると語り口が出てくる。だから箇条書きもダメ。

やっぱ1000文字ぐらいは書いてほしいよね~。

(10月どころか、2021年の記事だけどなにかの拍子で見つけたので紹介)

 

firstlot13.hatenablog.com

見ながらこれこそ『記憶の反芻』だなと思った。しかもこれはただの反芻ではなく過去に意味を与えるものだ。因果は時系列で語られることが多いが、人生はそれすらも逆にできる。今を原因として過去に結果を生むことが出来る。

 

いずれにせよ記憶の反芻は意味があることだと思う。思えば自分はほとんどを記憶の反芻で生きてる気すらしてくる。加速し続けコミットを求め続ける社会で自分という輪廻に意味を与える行動をする意志というのも尊いと思う。

自分も記憶の反芻しまくり人間なので、
昔の自分を救えるような人生を送りたいなと。

 

先月のおすすめ記事はこちらより。

nejimakinikki.hatenablog.com

 

www.nejimakiblog.com